2013年05月22日

5月22日の記事


mahalo
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Posted by Aloha&Nice  at 20:00Comments(0)mobile

2013年05月22日

5月22日の記事

おはようございます

気持ちいい5月の爽やかな日々ですね

産休中も気持ち良く過ごしてますよ

Niceは6月1日から再開しますのでまた良かったらまた来て下さいね

エレンちゃんは毎日チィママで、ケリイちゃんにべったりで、朝ごはんの時もベッドに寝かして?のはダメで、皆で食事してるテーブル横に居ないとダメなんですよ

そして、エレンちゃんの指をパクパクさせてました (笑)

ケリイちゃんはエレンちゃんを見つめて一生懸命パクパクしてエレンちゃんは喜んでます(笑)

そんな可愛い娘に囲まれて、のんびりと過ごしてます

また、6月から元気でNiceでお会い出来る日を楽しみにしてまーす


mahalo
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Posted by Aloha&Nice  at 19:31Comments(0)mobile

2013年05月07日

5月7日の記事

入院して最早8日目の清々しい朝

初めは10日も長いなぁ〜入院と思ってましたが、意外に早くて、体調も良くて、もすくすく母乳を飲んでは直ぐ寝るからとてもとてもやり易くて助かってます

エレンちゃんの時、1カ月は痛み止め飲んでも足を引きずってお腹丸めて歩きていた激痛と闘いながらの入院と退院してからの生活に最初の時は必死でした。

今回も覚悟して手術を受けましたから、術後はあーあ、来たわこの痛みが

と思い日が立つにつれて楽になってきて嘘のように快適に病院の入院ライフをエンジョイしています(笑)

自分でもびっくりです。

前は個人病院のご飯が豪華とゆーのがまずは魅力でそれも全く食べれす、今回は病院とゆーのに全て出されるご飯美味しいぜーんぶ完食(笑)

でも、足りない位です(笑)

友達もお見舞いに来てくれては私の元気過ぎな姿にアッパレと笑ってました。(笑)

そして、食堂ではお友達が出来たので
話が尽きなくて最早こんな時間やなぁ♪と言いながら過ごしています。

入院した当日からエレンちゃんは実家てお留守番です。それが、とても賢くて、保育園でも先生が、今日から何でも自分の事は自分ですると言ってやってくれました。と褒められ、お姉ちゃんになったのが分かるのか、ママとか甘えず、抱っこもしてあげれないんですが、病院に来たら、エレンちゃんおいでと手を差し伸べても全く寄ってこなくて、私の両手に点滴がぶら下がっていたり管まみれで怖かったのか、遠慮しているのか

ママ痛い痛いと言って、ねんねしときみたいな感じで言われたりして全然ぎゅーと出来ませんでした

5月4日、やっと点滴やら外れて元気な私の姿が分かったのか、おいでと言ったら、ベッドに上がり、膝の上にのせて、ぎゅうぎゅうしました。そしたら、私が号泣

エレンちゃんの方が泣きたいはずやのに、全く泣かずに、よしよしされて(笑)

涙が止まりませんでした

親より子供の方が強いやん

母強しの私負けてしまいました

そして5日振りにぎゅうぎゅうして、エレンちゃんの重み、めっちゃ重く感じました

毎日、妊娠してるのにこの重さ抱っこしながら、色々したとは私もパワー有るなぁ〜と(笑)

毎日一緒に過ごして来たからこんなに離れて暮らすことがないので、寂しくて良く泣きました私が

そんなエレンちゃんはお姉ちゃんを発揮しています。病院きては直ぐにケリイちゃんとこ行くとゆーし、行ってはガラス越しにちゅーとゆってしたり、わたしにもあたまを押してちゅーしなさいと言われたりで、帰ってからの2ショットを考えたらワクワクします

病院では触れないのでまだ一緒に写真とか撮れないので、9日が楽しみです。

そして、夜はお祝い膳をエレンちゃんも来て一緒に食べました

エレンちゃんがいつもよりテンションが高いと両親がゆーてました。やっぱり我慢してくれてるんやなぁありがとう♪

そしてお見舞いに来てくれる友達のお陰で楽しいひとときも送れますし、ある友達がお手紙も書いてくれてました

感動しました。本当にありがとう♪

エレンちゃんはゴールデンウィークはじじ、ばぁばあ、妹夫婦と住吉神社である、私が産まれて来た町のお祭りに行って来ました

さてはエレンちゃんもスッカリ祭り好きになってる(笑)帰ろかと言っても帰らなかったそうです。(笑)そんな別々のゴールデンウィークを過ごしましたが、あっという間病院生活でした。
mahalo
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Posted by Aloha&Nice  at 22:07Comments(0)mobile

2013年05月04日

5月4日の記事

平成25年5月1日、am9時36分大きな元気な声で女の子が産まれました

名前は、ケリイ、圭里衣と言います

妹、私、衣恋、1文字づつの漢字が入っていて、幸せを運ぶと言う意味が有ります

産まれて来る前から旦那さんとケリーと決めてて、漢字は後から私ら仲良し姉妹と、長女の名前をドッキング、こんな事ないなぁ〜と旦那さんと意気投合となりました

お腹に居るときから私はケリイちゃんが幸せを我が家に運んで来るでと口癖の用に友達とかに話してました

現に出産迄の奇跡が何度も有りました

私は、エレンちゃん長女を産む迄も結婚して5年かかりました

でも、結婚して、1年後にNiceをオープンしたのも合って、オープンしてから直ぐ出来ても困るかなとは思ってましたし、仕事も順調ですし、遊びもゴルフを始めたり、旦那さんの趣味のサーフィンやスノボードフラダンスやらを満喫していました。その5年の間に旦那さんの5カ月の入院もありましたのではタイミングで来てくれるんやと簡単に思っていましたが、なかなか出来なかったのですが、もうは出来ないかなとも思っていた3年前の夏に妊娠の気配

わぁ!出来た
仕事中も尋常ではない汗が出ていて、私若年更年期になったかもと笑いながら友達と話していたら、これは、妊娠だったんです
嬉しくて、近くに住む親友のに病院の帰り道当然寄りました、玄関開けるなり、出来た出来たでとゆーと、彼女はグーと私を抱きしめながらめっちゃ泣いてくれました

私より先に2人の子供を出産していたので、その子供がいる幸せをどーしても私にも味わって欲しいと常々ゆーてくれてました

なので、一番に言いに行きました

それからも、つわりは少しはあったものの、仕事もいつも通りにして、順調に安定期に入り、6カ月の時には皆でバリ島にこんなしゃきしゃき妊婦知らんわと良く言われてました(笑)

7カ月に入り、健診で、筋腫があるのがわかりそれが、めっちゃ栄養が行きと共にスクスク大きくなり、先生も最初は出産まで、移動とかするからまぁ、様子見みましょと言ってました。
それからも筋腫の位置は確定に近くなるほど、子宮の出口を塞ぐように9センチの筋腫が出口を塞いでしまったので、帝王切開と言われました

健診に行く度に、エコーを見ながら先生は難しい、難しい、の言葉を小さな声でゆーてました。初めての出産だし、私もここま従来に、来たからには先生お願い

と、毎回健診の時思いました。幸い私もも元気だけが救われ、初めての出産、帝王切開を個人病院のクボミズキさんで行う事になりました。この時も先生にはカ月前からじっーとしといてね、破水や陣痛起こったらダメですからね
と言われてましたが、2日前まで仕事してめっちゃ元気で、帝王切開の事全く知らないし、絶食絶食当分あるからと、昼はトンカツ、夜は焼き肉と、がっついてました。友達にこの世の終わりみたいに食べるなと、言われました。

当日の朝も身と母子手帳だけでいいとゆう病院なのに
キャリーバック一杯荷物入れて病院に行きました。妹にも旅行行くのと笑われる位な元気さで

手術が始まる先生は無事に出してね、難しいゆーてたけど、お願いホンマにお願い

と、オギャアの声で、涙が溢れて来ました。顔も無事に見れてパパの方へと行きましたあーあ、良かった。先生、神様ありがと

と、思ったのもつかの間、もう、記憶なくて、手術も2時間位と聞いていた家族も心配やったよろな今思えば4時間半
私は、気づいたら廊下で部屋に戻る時でした。手術の最中、先生の輸血しますね、ハイと答えたのだけ覚えてました。

その廊下を戻る時でした、先生人が良く頑張ったね。男性なら気絶もんだよと、言ってました。この言葉はケリイちゃんが来たから改めてわかる大切な言葉になりました。
頑張ってくれたのは先生やんと思って、御礼を言いましたが

心友も駆けつけてくれてましたまた、手を伸ばして、おめでとうと涙流してくれて、可愛い顔してたよと、言ってくれました。
予定日が4日違いで同じ病院に通い出した幼なじみも臨月なのに、私の手術をずっと待っててくれて、喜んでくれました。彼女とも出産お互い初めてのだから、出産迄に色んな事を沢山一緒にして、心の支えになってもらいました。
帝王切開でなければ分娩室も一緒かもなと話したり、病院でのご飯言いましたが.に食べようなと言って

術後は激痛、撃沈、ご飯も全く食べれす、見たことのない私の姿に妹も可哀想と言ってました

エレンちゃんがあまりにも賢かったから、おっぱいがぶ飲み、グウグウ寝るだから私は、救われました。
生後1カ月健診の時に先生に、もし、もし、次妊娠したら、ここでの手術は出来ないのでと、まぁ、2人目はおそらく難しいかな
と、ゆーのも、開けて分かったんですが、内膜しょうが毛細血管にこびりついていて、大量出血、筋腫のある場所が悪いとかで、
なので、エレンちゃんが産まれてくれたのも、妊娠したのも奇跡でした

1人でも出来たし大切に育てるし、一人っ子確定

と思っていたら、去年の秋、生理絶対遅れない私

あれ、筋腫のいたずら
1回だけ血が出て次の日から来ない

まぁ、妊娠はないやろうと検査薬

反応してるうそおと妹に検査薬確認してもらい。直ぐに病院へ
妊娠4週目の終わり

御懐妊

スゴーイスゴーイ
まさかの妊娠で、驚きました
そして、また心友のお店に突然行き報告たまたまリフォームしよーと、衝動的に私が動きだし、設計図が出来た頃妊娠発覚

皆は出来たなら、リフォームしてる場合ちゃうやろしないやろと思ってましたが、私はが来るからこそが広くしといてよとゆーてるわと思いリフォームをすることに決定

病院で3回目の健診にクボミズキさんでの診断書を持って行きました。封を開けるなり先生が、良かったなぁ!手術してれた先生に感謝やなぁの言葉

診断書にはやはりかなり大変やった事を書いてたみたいで先生が生きてて良かったなぁと、

驚き、先生恐すぎると言いました

健診に次行ったらやはりこの病院でも無理たがらと紹介状を書いてもらい、西神医療センターを紹介してもらいました。

病院がなかなか決まらないままの毎日、出来たのに産めるん諦めてとかないよな

と、初めての健診の時に受け入れてくれて、良かったと一旦安心
当日手術の時まで中の様子がわからないから、手術は困難には間違いない と言われてしまいました。

幸い健診の度にも私も元気過ぎて先生にも元気やな(笑)と毎回言われてました
仕事も相変わらず忙しく年末後2日というときに、胃腸炎、全く休まない体をからの1回目のサイン、
休憩しなさいよ

と、
一日中寝込みましたお陰で次の日またキャンセルさせてもらったお客さんをさせてもらったんです。

そんなこんなで、3月も激痛、撃沈の辛い病気に初めてなり、休憩2回目のサイン

帝王切開の日も決まり仕事も目処がたち、お客さんも復帰までにと逆算してくれ予約してくれました

またまた、無理をしていたんでしょうね

3回目のサイン出産前にブログにもかきましたが、25日仕事中、激痛、撃沈

あの事は手術中に発覚したんですが、子宮が破れて、が移動したからか、胎盤がその穴を塞いでくれてて、破裂していたら、私達2人は居なかったかもと、先生も奇跡やったわ渡しが元気で手術の日を迎えれてと
初めから難しい手術と聞いていたから、先ずはのオギャアを聞いて涙か止まりませんでした

そして、意識がある自分の事がわかったので、大丈夫私も生きてる

もう、大丈夫と先生、神様ありがとほんまありがとう

手術も無事に終わり先生が私の顔を覗くれました。そして、
命を2つも救ってくれた先生に手を伸ばして、握手しました。また溢れる涙。涙。
先生は、若い女医さんでスーパードクター

エレンちゃんが誕生した日、先生が廊下で良く頑張ったねは、命が助かったねという意味合いやったんだという奇跡

ケリイちゃんがお腹に
来るようにと、エレンちゃんが準備をして産まれて来てくれるんやと思うし、内膜しょうもなく、癒着もしてなくて、綺麗だったよと先生がいいました。

ケリイちゃんにはお腹にいるときから、安静にしなさい、ママ
と、3回もサイン、をくれて私の事を助けてくれて産まれてきてくれました。
本当にありがとう

奇跡を何度も子供が運び、けりいちゃんが
またわが家に幸せを運んできてくれました

そんな私も2児の母になり、とても幸せでラッキーガールです

命の大切さ周りの環境恵まれていた事を再認識しました

本当にありがとう
産まれて来てくれてありがとう
mahalo
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Posted by Aloha&Nice  at 13:57Comments(2)mobile